『遠読――〈世界文学システム〉への挑戦』 (みすず書房) フランコ・モレッティ 著
- 2016.11.23 Wednesday
- 21:51
『遠読 〈世界文学システム〉への挑戦』 (みすず書房)
フランコ・モレッティ 著
⭐⭐
システムとして世界文学を捉えることに新たな可能性はあるか?
モレッティは資本主義と同様に、世界中の文学をただ一つのシステムとして考えようとしています。
そこで、正典(カノン)という少数の重要な作品の精読に代わり、
イマニュエル・ウォーラーステインの世界システム論をモデルにした
「遠読(distant reading)」という形式パターンと統計による分析を提唱します。
そこにはダーウィンの進化論の発想も影響しています。
文学システムにおいて周辺に属する文化(つまり、ヨーロッパ
内外のほぼすべての文化)では、近代小説は当初、自発的に発
展したのではなく、西欧(通例フランスかイギリス)の形式の
影響と地域独特の材料との妥協から生まれたのだ。
このように述べるモレッティは、世界文学は西欧の形式が周辺に伝播し、
その地域の要素との「妥協」により多様なヴァージョンを生み出したが、
その元々はルーシーよろしく唯一の起源をフランスかイギリスに持つと考えているようです。
このような考え方に西洋中心主義を感じ取って批判する方もいるようですが、
こと近代文学(それも小説)だけを考えるならば、暴論ともいえない気がします。
重要なのは世界文学システムと「遠読」という方法から、どのような興味深い研究ができるかという点だと思います。
本書にはその具体的な実践例も収録されています。
コナン・ドイルの時代の探偵小説を系図にして分析したものや、
ハリウッド映画が世界でどう受容されているかをジャンル別に考察したものや、
1740年から1850年までの英国小説の七千タイトルを省察したものや、
『ハムレット』や『紅楼夢』の登場人物関係(ネットワーク)を分析したものなど、
なるほど多岐にわたって新奇な研究がなされています。
実際に読んだ感想はひとそれぞれあるのかもしれませんが、
僕にとってはひとつとして刺激的な論はありませんでした。
コンピュータを使ったデータ処理となれば、安直に統計に走るわけですが、
モレッティの研究はそれ以上のものを引き出せていません。
統計によって新たな視点や問題が浮かび上がるならまだしも、
単に統計分析をするとこうなりました、ということにしかなっていないのです。
タイトルの統計分析といっても長さなどの形式面が対象なので、
浮かび上がってくる問題は他愛のないものですし、
『ハムレット』の人物ネットワークの図など、Googleのページランクを応用したような感じですし、
要するに他の分野で用いる方法を文学に持ち込んだだけという弱点をモロに露呈したままなのです。
本書で僕が一番感心したのは、
最初に納められた「近代ヨーロッパ文学」という論考でした。
ヨーロッパ文学が統一と分裂の両面を持ちながら、
亡命文学や帝国主義を通して進化論的に発展するさまを描いているのですが、
大衆文学とモダニズムは、ある種の協定を結んでいたのでは
ないか? 分業の黙契のようなものを? 後者が抽象の領域
へと参入し、キャラクターを分解してついには消失させてし
まうのに対し(ムージルの「男のない特性」)、前者は擬人化
された信仰を強化し、亡霊やら火星人やら吸血鬼やら世紀の
犯罪者やらで世界中をいっぱいにする。
という記述にはひざを打ちました。
(ムージルの「男のない特性」は「特性のない男」の誤植ですかね?)
世界文学の研究に統計学的アプローチが有効でないとは言いきれませんが、
現状のモレッティの研究からは有効性はあまり感じられませんでした。
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