『カール・マルクス: 「資本主義」と闘った社会思想家』 (ちくま新書) 佐々木 隆治 著
- 2016.04.28 Thursday
- 18:02
『カール・マルクス: 「資本主義」と闘った社会思想家』
(ちくま新書)
佐々木 隆治 著
⭐⭐⭐⭐⭐
マルクス思想のまだ見ぬ全体像に向けて
これまで自分より上の世代のマルクス本しか読んだことがなかったので、
僕と同世代のマルクス研究者の本というのは興味がありました。
社会主義には暗いイメージしかありませんでしたし、
バブルを謳歌し革命に夢を見る必要もない世代だったからです。
いわゆる「左翼」が格好悪くなった現在、
マルクスの名前を出すのも嫌がる人は多いと思うのですが、
「マルクスの理論が現代社会の変革にとっての最強の理論的武器」だと
佐々木は力強く言い切ります。
その潔さに引き寄せられて本書を読み進めたところ、
最近の新書には珍しく、よく考えて書かれた力作だと感じました。
研究者の書いたマルクス本というと、小難しいイメージがありますが、
佐々木はマルクスの生涯を伝記的に描きながら、
それと平行してマルクスの思想がどのような変化をたどったかを、
一般読者を想定した語り口で明晰に語っています。
マルクスを古い権威として頼るところもなく、
新たな思想家を紹介するような書き方をしていることに好感が持てました。
第1章は1818年から1848年までを扱っています。
青年ヘーゲル派との関係やジャーナリストへの転身、エンゲルスとの出会いなどが描かれます。
第2章は1848年から1867年までで、ロンドン移住後に書かれた『資本論』を取り上げています。
第3章は『資本論』脱稿後の1867年から1883年の晩期マルクスの思想の変化を取り上げます。
僕は佐々木の熱量を感じさせる語りが気に入りました。
「フォイエルバッハ・テーゼ」のマルクスの啓蒙主義批判を佐々木はこのように語ります。
なんらかの「正しい理念」を主張し、それによって人々の
誤った意識をただすという方法では社会を変革することは
できない。むしろそうした意識を生み出す現実世界のあり
方、現実の世界や労働のあり方こそを理論的に分析し、変
革しなければならない。
しかも、啓蒙主義は社会変革にとって有効でないという
だけではない。むしろ害悪にさえなりうる。どれほど「現
実」や「人間」を主張しようとも、啓蒙主義は現実の社会
になんらかの理想を対置することで満足し、現存の社会シ
ステムを具体的に分析しないからだ。
マルクス当人はもう少しあっさり書いている気がするのですが、
佐々木が語ると熱量が増す感じがして非常に好ましく感じます。
既存の権威の中で理論を弄んでいる輩が変革の害になるのは当然のことではありますが、
それを打ち破るには現状分析と批判のための熱量も必要です。
『資本論』についての説明も少ない紙幅でうまくまとめています。
労働価値説が今でも有効であることが確認できますし、
労働時間の延長や経済的停滞がなぜ起こるのかを考えるのに
『資本論』が「理論的武器」となることがわかります。
本書の目玉は晩年のマルクスの思想を書いた第3章でしょう。
佐々木によれば、晩年のマルクスは「恐慌革命論」を撤回し、長期的な改良闘争を重視するようになったようです。
(そのため、佐々木はソ連型の生産手段の国有化や計画経済を資本主義の変形と断じています)
書物として発表されていないマルクス晩年の思想を考えるために、
佐々木が研究しているのがマルクスの「抜粋ノート」というものです。
「抜粋ノート」はマルクスが読んだ本の一部を引用し、それに注釈をつけたものだそうですが、
その足跡からマルクスの思想を解き明かす作業によって、
マルクス思想の全体像がはじめて浮かび上がると佐々木は述べています。
「抜粋ノート」によると、
マルクスは人間より生産物の関係が主役となった物象化という現象に対抗する
自由なアソシエーションを築く主体を形成するために、
労働時間の短縮やジェンダーの問題を考えていたようですが、
中でも佐々木が注目するのは「物質代謝」という概念です。
マルクスは生理学で有機体の循環的な生命活動を表す「物質代謝」という考えを学び、
それを生産から消費への経済的循環だけでなく、
人間と自然との物資的循環にも用いるようになりました。
今で言うエコロジーの観点がマルクスにもあったようなのです。
特に、資本が物質的循環を乱すことを問題にしていました。
このあたりが最近のマルクス研究の成果だと思われます。
これまでのマルクス像からすれば新しいものに思えるので、
学問研究としては大いに意義のあることだと思います。
しかし、僕のようなアカデミズムと無関係な人間からすると、
少し肩すかしのような気分になることは否定できません。
エコロジーやジェンダーなどで資本主義に対抗するという視点は、
マルクスを抜きにすれば特に新しくもないからです。
(そしてたいした効果も期待できません)
自然の循環を資本が破壊しているという危機感から、
前近代的な共同体の見直しを模索するというのなら、
なにもマルクスを持ち出すまでもなく、ジブリのアニメでも良さそうに思えます。
もちろん新書という形式のため概観を述べるにとどまっているのでしょうから、
この先の研究の進展によって僕の懸念が払拭されることを願っています。
- 思想・哲学・宗教・心理
- -
- -