『武士の日本史』 (岩波新書) 高橋 昌明 著

  • 2018.06.11 Monday
  • 09:24

『武士の日本史』 (岩波新書)

  高橋 昌明 著

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   武士という存在を広い歴史的視野で考える

 

 

「〈常識〉vs〈史実〉」という帯を見ると、本書が「一般常識と違って史実はこうだった」ということを書いた本だと思えますが、

実際に読んでみると、もっと内容の深い手強い本だとわかります。

わかりやすい軽い本という印象がセールスに結びつくという発想は理解できますが、

デキの悪い本ならまだしも優れた本であっただけに、

こんな宣伝しか思いつかないのか、と岩波書店には少し失望しました。

 

著者の高橋は中世史が専門で、平清盛の政権を「六波羅幕府」とすることを提唱している挑戦的な学者のようですが、

本書は武士の全体像を描き出そうという試みであるため、

その視野は広範に及び、三島由紀夫の切腹事件までもが扱われるのですが、

専門性に依存しない教養ある冷静な筆致には矜持が感じられて好感を持ちました。

 

第1章は「武士とは何か」をその発生に立ち戻って考えます。

高橋は武士が武芸の技に秀でた芸能人として誕生したと考えています。

それが家業として受け継がれたので、武士は特定の家柄の出身者に限られるというのです。

つまりは歌舞伎の家みたいなものとして成立したということです。

高橋は武士と侍は違うと言うのですが、このあたりも説明が専門的でとっつきにくさがあります。

侍というのは家の格を表すらしく、六位クラスの下級貴族にあたります。

侍の中で武芸で身を立てれば武士、文芸であれば文士となるのです。

 

遅くても平安前期には武士は存在したようですが、発生場所については諸説あるようです。

武士が地方で発生したという説に対して、高橋は都で発生したと考えています。

門外漢の僕にはどちらが主流なのかわかりませんが、武具のデザインを根拠にした高橋の説にもそれなりに説得力はあります。

 

細々した情報が難しいのも本書に読み応えがある理由だと思います。

武士の登場と関係が深い「エミシ」征伐について書かれるときに、

高橋は「エミシ」とカタカナで記述しているのですが、

ときに俘囚という字を当てていて、蝦夷じゃないの?と不思議に思っていると、

俘囚には朝廷の支配下に入って一般農民に同化したエミシという説明が加えられています。

しかし、別のところでは俘囚(エミシ)とは律令国家によって東国に強制移住させられた人たちだと書かれていて、

僕にはエミシや俘囚をどう考えていいのか理解が及びませんでした。

 

自力で武力を行使できる武士という存在が社会に許容されたのは、それを認知する権力があってのことです。

そのことを考えなくては武士論としての条件を満たしていない、と高橋は述べています。

そして、今より圧倒的に中央集権が行き届かなかった時代に、

地方で武士がどのように王権(その代理である地方長官)から承認されたかを考えます。

このような王権からの承認を武士の発生の条件とすることで、高橋は武士が王権の近くで発生したことを裏付けたいようです。

62ページまでの第1章だけでも、これだけ多様で濃密な内容です。

 

第2章は源平の争乱から南北朝や戦国時代、江戸時代までの武士の変遷を追いかけます。

この章も盛りだくさんという内容で、高橋の持論である平家政権を「六波羅幕府」と考えるべきだという主張がコンパクトに組み込まれています。

源頼朝や木曽義仲の挙兵など反平家の反乱が拡大したのは、中央に対する地方の不満の爆発であって、

源平の覇権争いに矮小化するべきものではない、というあっさりとした記述にも深い学識を感じました。

 

豊臣政権によって行われた太閤検地が統一権力による現地の正確な把握を進め、その延長に石高制が成立したこと、

秀吉の「身分統制令」や刀狩りによって、武士と百姓が区別されていったこと、

高橋の説明だと江戸幕府の全国支配の基礎をいかに秀吉が作ったかがよくわかります。

 

第3章は武士の武器と戦闘の実情について書かれています。

馬に乗ってどのように弓を射たのかについてや、刀を片手で扱ったりしたこと、

馬を降りたら馬は後方に下げて戦ったなど、ドラマで描かれるのとは違った戦場の実際が述べられます。

僕が印象に残ったのは「旗指」という人々です。

旗は敵味方の区別や自己顕示のシンボルとなるものですが、主人に付き従って旗を持つのが旗指の役目です。

重い旗を持ち弓を持てない上に目立つため、かなりの確率で生きて帰れなかったようです。

 

第4章は「武士道」についてのわれわれのイメージを覆していきます。

戦国時代までの武士は降伏した敵には寛大であったことや、

主人を何度も変えることも珍しくなかったことが示されます。

死の覚悟を武士道とする『葉隠』は江戸時代においてはマイナーな思想でしかなく、

むしろ近代以後に影響を与えたものだと高橋は述べて射ます。

 

面白いのは、東アジアという視点から見ると武士の思想というものが不思議で理解に苦しむものだろうという指摘です。

儒教は本来、武力などの強制による支配ではなく、文の力によって道徳心を高めて社会の秩序を実現することを目的としています。

その背景には暴力的な力への忌避という性質があるため、武人は高く評価されません。

このような文人支配が未確立だったこともあり、日本では武人の支配体制が確立したのですが、

統治者となった武士の役割が官僚的になったところで儒教が取り入れられることになったために、

日本の儒教理解には独特なものがあるというのです。

今も自衛隊のシビリアンコントロールが時々問題になりますが、日本の文人支配の弱さという歴史背景を考慮すると有益である気がします。

 

第5章では明治以後にまで視野を広げていきます。

ここで高橋はわれわれの戦国合戦のイメージが、帝国陸軍の横井忠直の関わった『日本戦史』シリーズによって生み出されたと主張します。

織田信長の桶狭間の奇襲や長篠の合戦の武田騎馬隊の三段撃ちでの撃破の様子は、

この『日本戦史』に描かれたものが通説化したものらしく、実際は事実に反するようなのです。

 

新渡戸稲造の『武士道』は、高橋によると「近世に存在した士道・武士道とはまったく別物である」とのことです。

新渡戸の描く武士道は西洋の騎士道からの類推であって、日本に西洋に匹敵する伝統があるとしたい、

今でも存在する、さもしき日本人の捏造精神の現れであったようなのです。

他にも「そうだったのか!」と思わせる内容が次々に書かれていて、

しっかりと説得力もあって読み応えは十分です。

 

終章では武士に対するさらに面白い見方が述べられています。

武士はモノノケや邪気を祓う「武」という呪力を司る、陰陽師などと似た存在であったというのです。

「従来歴史研究者は、武士のこうした機能にはまったくといってよいほど関心を持たず」と高橋は述べるのですが、

いやあ、それはそうでしょう、あなたの説は刺激的すぎますから、と思いました。

高橋が魔除けとしての武士について、源頼政の鵺(ぬえ)退治のエピソードを取り上げているのですが、

僕はこの話を読んだことがあるので、実は高橋説に少し信憑性を感じています。

なかなか支持されにくそうですが、個人的にはこの人はすごいのではないか、と感じてしまいました。

 

本書は単なる武士論にとどまらず、視野の広さから日本論とでも言うべき内容に達していると思います。

広い興味を持ったマニアックな人にこそオススメします。

 

 

 

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