『エッセー 正・徳・善― 経済を「投企」する』 (ミネルヴァ書房) 塩野谷 祐一 著

  • 2018.04.22 Sunday
  • 21:23

『エッセー 正・徳・善― 経済を「投企」する』

  (ミネルヴァ書房)

  塩野谷 祐一 著

   ⭐⭐⭐

   モラル・サイエンスとしての経済学を哲学的に考える

 

 

一橋大名誉教授で経済学者の塩野谷が、経済哲学の基本的な問題を、

短い「エッセー」という読みやすいかたちでまとめたのが本書です。

 

「正・徳・善」という書名でも想像できる通り、

塩野谷の考える経済哲学は、倫理的価値が関心の中心になっています。

経済学といえば数学的モデルの構築に熱意を燃やしているイメージが強かったので、

塩野谷の視点が少し「意外」で興味を持ちました。

 

塩野谷は3つの倫理的価値に「正」>「徳」>「善」の順位をつけていますが、

重要だと強調するのは個々の人間存在の「徳」だとします。

「正・徳・善」はそれぞれ「正義・卓越・効率」の3つの要素から成立します。

このようなあるべき理念を制度の中に定着させようとすることを、塩野谷は「経済を投企する」と表現しています。

 

塩野谷は「正」の倫理をJ・ロールズの「無知のヴェール」によって説明します。

「無知のヴェール」とは、現実社会での社会的地位や能力、知性、年齢など人々の個体差を示す情報を覆い隠し、

自分の立場を離れた公正な視点を仮定することで、

自分が社会で最も不遇な立場に置かれたとしても同意できる「正義」の原理の成立を目指す考えです。

ロールズの正義原理は社会環境による不平等のない公正な機会均等を求めるだけでなく、

社会で最も不遇な人々の便益を高める社会保障制度の構築をも要求することができるのです。

 

塩野谷の語る「徳」の倫理は、M・ハイデガーの哲学に依拠しています。

ハイデガーの死の本来性とは、死については誰にも代わってもらえない「人格の置換不可能性」を意味し、

置換できない「かけがえのない人格」を実現する生き方を「卓越」と捉えています。

これはアリストテレス以来の伝統に立ち戻る視点であって、

人間が本性を発揮して良く生きるための共同体を考えていくために必要になるものです。

 

「善」は「正」と「徳」の倫理的制約のもとで人間が追求する行為のことです。

「善」を最大にする制度が「正」であって、「善」を最大にする性格が「徳」となります。

「善」は利己心と効率性において経済活動をするわけですが、

塩野谷が主張したいのは、その経済活動が正義や卓越のもとで行われなければならないということです。

倫理観の導入により、人間的な経済というものを成立させるため、あるべき未来像を描くべきなのです。

 

アリストテレスは「家政術(オイコノミケー)」と「貨殖術(クレマティスケー)」を区別し、

共同体倫理のもとで必要な財の獲得を意味する「家政術」を重視しました。

一方で貨幣利得の獲得を自己目的化する「貨殖術」を非難しました。

このオイコノミケーはエコノミクスの語源と言われています。

倫理に規制された経済という観念はアリストテレスからスコラ哲学のトマス・アクィナスに引き継がれ、

中世の利子を禁止する教義として維持されました。

これが破壊されたのが近代ですが、18世紀には社会に関する学問はモラル・サイエンスと呼ばれて、

有徳かつ幸福な正のあり方を最高の規範としていました。

経済学を広義のモラル・サイエンスとして捉え直すために、塩野谷はJ・シュンペーターとJ・M・ケインズを取り上げます。

本書の後半ではとりわけシュンペーターのイノベーション理論が取り上げられています。

 

そのほか功利主義という訳語についての話や、セイ法則と失業問題についての話、

ソーシャル・キャピタル論についての話も興味深く読みました。

 

経済に倫理的視点を導入するという課題は、もはや果てしなき夢にも思えますが、

このような本が出版されたのは2009年という出版時期と大きく関係していると思います。

2008年のリーマンショック直後にあたるからです。

インチキな格付けを受けたCDOなどの無軌道な金融商品が暴落したことを受けて、

経済に倫理の見直しが迫られた時期であったわけですが、

あれから10年経って少しはあの時の反省が活かされているのでしょうか。

学生ローンの返済ができずに破産する人が続出していたりすることを考えると、

大枠では経済のあり方が変わったとはあまり思えません。

その意味では塩野谷のような倫理的視点は、経済学においてはいつまでも「意外」であり続けてしまうのかもしれません。

 

 

 

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