『HHhH(プラハ、1942年)』 (東京創元社) ローラン・ビネ 著

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 22:31

『HHhH(プラハ、1942年)』  (東京創元社)

 ローラン・ビネ 著/高橋 啓 訳

 

   ⭐⭐

   完読まで4年かかってしまった

 

 

僕が本書を読み始めたのは2014年なので、今日読み終えるまで4年の時間がかかっています。

大作でもない作品にこれだけ時間を要したのは、シンプルにつまらなかったからとも言えますが、

2014年当時はけっこう評判の作品で、帯にも賛辞が並んでいます。

 

本書は変な書名をしています。

「HHhH」とは「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」を意味するドイツ語の頭文字です。

ラインハルト・ハイドリヒはナチスの高官で、チェコの総督代理を務めた人物です。

ユダヤ人問題の最終解決を発案したのも彼だと言われています。

ハイドリヒはロンドンに亡命したチェコ政府が送り込んだ暗殺部隊によって殺されました。

本書はこの暗殺事件をクライマックスとした歴史小説なのですが、

著者自身が本書を書くプロセスをまじえて小説化しているところが、評価を受けた要因なのはまちがいありません。

 

M・バルガス・リョサが「傑作小説というよりは、偉大な書物と呼びたい」と賞賛しようが、

僕はこの作品が偉大だとも傑作とも思いませんでした。

その理由は、フランス人らしいポストモダン的手法で知的な演出をしているため、

知的な興味以外を引き起こさない傍観的小説でしかないからです。

結果、反ナチズムという「正義」によって助けられた小説というのが僕の印象で、

別の題材で同じことをやっても、これほどの評価は得られなかったのではないかと感じています。

(フランス人はもちろん、ユダヤ人やチェコ人の喝采を得られるよう計算されていた気がします)

 

まず、大きな問題はこの小説が断片の集まりで構成されていることです。

通し番号で257の章段で構成されているのですが、そこに作者の創作談話と歴史記述がごちゃまぜになっています。

いわゆる歴史小説は時系列に物語が進んでいくため、読者が自身を歴史世界へと「投企」することになるのですが、

それが断片化して書き手の自意識に吸収されるため、歴史のスリリングさは体験できません。

この自意識を書き手が歴史と誠実に向き合う葛藤だと感じられれば、賛辞も寄せられるでしょうが、

残念ながら僕にはそのような「誠実さ」はそれほど感じませんでした。

むしろ、前述したようにポストモダン的な手法を用いたために、非歴史性が表面化した内容になっています。

 

具体的に言えば、ハイドリヒという人物は「金髪の野獣」と恐れられた人物のはずなのですが、

書き手の興味は、生きた人間ハイドリヒではなく、断片化したハイドリヒというキャラへのオタク的関心であるため、

読者はハイドリヒや彼の引き起こした歴史的事実の恐ろしさをあまり感じることがありません。

つまり、著者であるビネは恐ろしい歴史と安全な距離を確保したまま、

傍観者の立場を明確にした人間不在の小説を書いているようにも見えてくるのです。

この小説に登場する歴史人物はみんな自分とは無関係な遠い人に思えます。

だから、彼らが死んでも特に胸が疼いたりはしませんでした。

 

本書のような傍観的な立ち位置だと、クライマックスの暗殺場面は臨場感を失ってしまいます。

どうするのかと思ったら、その場面になったら断片化を捨てて普通に歴史小説的な記述を始めるのです。

そんな「おいしいとこだけ歴史小説」みたいなつまみ食いで騙されるかよ、と思いました。

暗殺者たちの最期も語り手が読者を置いてきぼりにして自ら感傷的な語りを始めるので、

こちらはシラけてしまいます。

 

利口ぶった「歴史小説を書くとはどういうことか」などという自己言及的な問題は、

本来、歴史小説そのものの中に居場所を持つべきではありません。

すぐれた歴史小説は作者はもちろん読者をも当事者にしてしまうものです。

自己言及がメインになって歴史のただ中に踏み込めない小説など、力量のない筆者の陳腐な小手先の芸でしかないと思うのですが、

この程度のものが評価されてしまうのは、逆説的ですがナチスの悪の力あってのことだと感じます。

 

断片的であるために、細切れに読み進めて4年かけて読むことができたわけですが、

他人の知的な興味にいたずらに付き合わされたような読後感でした。

歴史を題材とした知的な小説であることは認めても構いませんが、

歴史小説としては駄作と言えると思います。

 

 

 

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