『闘争領域の拡大』 (河出文庫) ミシェル・ウエルベック 著

  • 2018.02.12 Monday
  • 14:32

『闘争領域の拡大』 (河出文庫)

  ミシェル・ウエルベック 著/中村 桂子 訳

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   処女作にはその作家のテーマが素直に出る

 

 

ミシェル・ウエルベックの処女小説の文庫化です。

単行本が出たとき買おうかどうか逡巡している間に絶版になってしまったため、

正直、河出書房新社には文庫化を期待していました。

非常にありがたいことです。

 

処女作にはその作家のテーマが如実に現れることがありますが、

本書を読むとやはりウエルベックにも一貫したテーマがあると感じます。

 

『性的行動はひとつの社会階級システムである』

 

この文句は作中においてゴシックで強調された唯一の文ですので、

誰でもウエルベックが主張したいのがこれなのだと理解できます。

もう少し詳しく語っているところを引用しましょう。

 

やはり僕らの社会においてセックスは、金銭とはまったく別の、もうひとつの差異化システムなのだ。そして金銭に劣らず、冷酷な差異化システムとして機能する。(中略)経済自由主義にブレーキがかからないのと同様に、そしていくつかの類似した原因により、セックスの自由化は「絶対的貧困化」という現象を生む。

 

本書のテーマは明らかに「モテない」ことです。

経済的格差と同様に、セックスの機会にも格差が存在することを取り上げているのです。

ただ、ウエルベックが描く主人公自身はモテないことで悩んでいる気配はありません。

たしかに主人公は前の彼女と別れて2年以上性交渉がないのですが、

彼はそのような「性をめぐる現実」に明らかに嫌気がさしているという様子なのです。

そのため、彼の視線は性的格差の「負け組」、つまりセックスから隔てられた人たちに注がれます。

翻訳者の中村桂子は「訳者あとがき」で、そのような主人公の視線を「同情」と表現しているのですが、

「同情」では自身の問題ではないように思えてしまうので、表現としては不適切ですし、

ウエルベックの露悪的とも言える描き方を無視することになってしまいます。

 

僕はウエルベックの特徴はニヒリズムにあると思います。

ウエルベックは性的な関心が強い作家ですが、同時に性に対する拭いがたいニヒリズムを持っています。

それが現実に対するニヒリズム、西洋文明に対するニヒリズム、生に対するニヒリズムへと拡大しているのです。

セックスなどくだらない、そう感じつつあくせくとセックスの相手を物色する、

そんな「男」という存在(おそらくウエルベックは女の実存には関心がない)に対するニヒリズムが、

貨幣経済との関係で成立していることをウエルベックは直感的に感じ取っているのです。

(貨幣と女性の交換が相同的であることにも注意する必要があります)

 

その現実に対する嫌悪が露悪的な人物描写へとつながっています。

ブリジット・バルドーという名前のデブの女の子のエピソードなどはその典型と言えるでしょう。

彼は性的「負け組」に対して、死んでいく虫を見るような「憐れみ」を抱いているのですが、

これはいわゆる「同情」とは別のものです。

ウエルベックは人間が人間であろうとする努力を尊重する気がないように見えます。

 

しばしば人は、細かい、うんざりするような差異、欠陥、性格の特徴、その他諸々で、ことさら自分を目立たせようとする(おそらく相手に自分をひとりの人間としてきちんと処遇させるために)。

 

「自分をひとりの人間としてきちんと処遇させる」努力を突き放す書き方はなかなかのものだと感じました。

僕もネットで顔が見えないかたちで書いていると、とんでもない暴言を浴びせられることがあるのですが、

人間は自分のことは「きちんと処遇させ」たがるくせに、他人に関しては平気でそれを踏みにじるものだと感じます。

いや、自分のことを目立たせようとする人ほど、他人を踏みつけにする気がします。

考えてみれば、他人を踏みつけることと自分を目立たせることは切り離せないわけですから、それも当然かもしれません。

ウエルベックもそのように感じているのでしょうか。

 

本作の主人公は顔の見える範囲の生活で、信頼する人間はほとんど一人もいないような描かれ方をしています。

人間嫌いなのに、性的欲望を満たすために人間とのコンタクトを必要とするという矛盾、

つまり、人間は嫌いでも性的対象となる「異性」は徹底的に嫌うことができない、

それがウエルベック的な問題の核心だと僕は思います。

こうして、性的パートナーに出会うことのない主人公は静かに精神を病んでいくのです。

 

直接に本作とは関係ありませんが、

ウエルベックの仮説を信じれば、日本のワイドショー的欲望についても別の側面が見えてきます。

 

何割かの人間は何十人もの女性とセックスする。何割かの人間は誰ともセックスしない。これがいわゆる「市場の法則」である。解雇が禁止された経済システムにおいてなら、みんながまあなんとか自分の居場所を見つけられる。不貞が禁止されたセックスシステムにおいてなら、みんながまあなんとかベッドでのパートナーを見つけられる。

 

芸能人の不倫スキャンダルを厳しく糾弾する態度は、金持ちの資産独占を許さない態度と変わりがないのです。

不貞を禁止すればモテない人にもチャンスが訪れる確率が高まります。

これを単にモテない人のひがみと言うべきでしょうか?

本来、結婚制度は最大公約数の幸福のためにあるのかもしれない、と本書を読んで考えさせられました。

 

 

 

評価:
ミシェル ウエルベック
河出書房新社
¥ 950
(2018-02-06)

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