『ユートロニカのこちら側』 (ハヤカワ文庫SA) 小川 哲 著

  • 2018.01.22 Monday
  • 12:21

『ユートロニカのこちら側』  (ハヤカワ文庫SA)

  小川 哲 著

 

   ⭐⭐⭐⭐

   安楽な社会への抵抗

 

 

1986年生まれで東大大学院在籍の小川が、ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞したデビュー作です。

情報企業のマイン社が管理するサンフランシスコの特別区、アガスティアリゾートを舞台に

展開する6つの連作短編を収めています。

「ユートロニカ」という語は「ユートピア」と「エレクトロニカ」を組み合わせた造語だそうです。

 

アガスティアリゾートが一種のディストピアとして描かれるのは、

そこに居住する人々が、視覚、聴覚などの感覚情報や位置情報などをマイン社の情報銀行に売り渡して、

企業(というか自治体管理者)にほぼ無制限の監視を認める、管理社会となっているからです。

 

もちろん、このSF的設定は架空のものですが、きわめて現実社会と近いところにあるというのが重要です。

というのも、僕が読んだところ小川の関心は、

G・オーウェルの『1984年』のようにディストピアの息苦しさを描くことにではなく、

まちがった社会に対して「個人」がどのように抵抗していくかを描くことにあるように見えるからです。

つまり、小川はアガスティアリゾートを現代社会のつもりで描いているということです。

 

連作短編の核は提供された情報から犯罪の可能性を予見し、その予防を司るABMという組織にあります。

そこでは実際にはまだ犯していない犯罪を、可能性段階で取り締まるべきかどうかが焦点となっています。

我々の社会でも共謀罪など可能性段階での逮捕を可能にする法律が作られたりしているので、

やはりアガスティアリゾートは現実世界に近似しているわけですが、

そのことが文学的雰囲気を強めるという利点はありながらも、ストーリーの面白さを弱めることになっている気がします。

SFコンテストの審査員の東浩紀は、抵抗者の人物造形が薄いと不満を述べたようですが、

その原因は小川自身の力量よりも現実に近い舞台設定に求められる気がします。

現実社会への抵抗をリアルに考えると、そう面白い解決策が出てくるはずはないのです。

 

興味深かったのは、小川の描く抵抗者がみんな個人(もしくは二人)を単位としていることでした。

彼の描く抵抗行為には「連帯」という視点はほとんどありません。

それから自治体管理者が営利企業である、という点へのこだわりが少ない気がしました。

私企業が管理しているならば、そこは抵抗者にとって大きな攻め所になるはずですが、

そのような視点も不足しているように思えました。

 

少々不満を述べましたが、小川の小説家としての力量は確かだと感じました。文章も明確で無駄がなく、アメリカンな雰囲気を出す比喩も巧みで、

登場人物の描き方も若さを気にしないでいられるものがあります。

 

小川は作中で「ユートロニカ」という造語に「永遠の静寂」という字を当てています。

これは人間が自分のすべてを何かに委ねて、完全に無意識になった状態を指しています。

簡単に言えば子宮回帰状態といえるわけですが、

そんな子宮回帰状態に抵抗する小川が、三世代の父子の話でこの作品を閉じたのは象徴的に思えました。

 

 

 

 

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