『忘れられた巨人』 (ハヤカワepi文庫) カズオ・イシグロ 著

  • 2017.11.20 Monday
  • 22:08

『忘れられた巨人』 (ハヤカワepi文庫)

  カズオ・イシグロ 著/土屋 政雄 訳

 

   ⭐⭐

   わたしはおもろないで

 

 

カズオ・イシグロがノーベル賞作家というのは正直意外でした。
ノーベル賞らしい政治色もなければ、文学的テーマというほどのものもない、ライトな作家だからです。

僕はわりとブッカー賞の審査は信頼できると感じているのですが、
やはり『日の名残り』は良作だと感じました。
『わたしを離さないで』は僕が原書で読み通せるほどリーダブルで、小説としても面白いものでした。
しかし、本書『忘れられた巨人』は著者のネームバリューなしでは評価されるはずがない駄作だと思います。

舞台は六、七世紀のブリテン島で、いきなり語り手が鬼の話をはじめるファンタジックな世界になっています。
アクセルとベアトリスの老夫婦が主人公で、彼らが息子のいる村を訪ねて旅に出る話なのですが、
そのうちに戦士と出会い、竜退治へと向かう展開になっていきます。

まず冒険ファンタジーとして本書が面白いと本気で思った人は少ないと思います。
そもそも、冒険ファンタジーなら老夫婦が主人公の時点でアウトです。
肝心の竜退治もクライマックスとはならず、瀕死の状態であっけなく殺せました。
アーサー王の円卓の騎士の一人、ガウェインも登場しますが、すでにヨボヨボです。
エンタメとして読んだとして、『わたしを離さないで』以上に面白いという人がいるとは思えません。

老夫婦のラブストーリーとしては満足できるでしょうか。
読みどころがあるなら、ここだと思うのですが、
冒険譚や少年の存在のせいで、ラブストーリーとしても散漫だと言えます。
読者がラストの解釈に困るあたり、老夫婦の愛についても描き切れているようには感じませんでした。

では、文学的意匠にすぐれたものがあるかと考えると、
これも非常に怪しいと言わざるを得ません。
内容に触れていくので、読了した方だけに読んでいただきたいのですが、
本書のテーマが忘却(埋却)なのは題名からもわかると思います。
物語では村人たちに奇妙な物忘れが頻発し、その原因がクエリグという竜による「霧」にあるとなっています。
竜退治によって「霧」が晴れることは本当に良いことなのか、というのが、
イシグロの問いかけだという読み方です。

これにはブリトン人とサクソン人との対立という背景が絡んでいます。
アーサー王がサクソン人を虐殺してブリテン島を統一したため、
サクソン人にはブリトン人への遺恨があったのですが、
「霧」のおかげでそれが忘却されていたのです。
(「霧」が体制側の装置であることは、ガウェインの記憶が健在であることから推察できます)
「霧」が晴れることでサクソン人とブリトン人の争いが再燃することは、本書の中でも触れられています。

しかし、「忘れられた」と邦訳された本書の原題にBuriedが用いられていることから考えると、
bury(埋葬する)をどうしても思い浮かべずにはいられません。
ここで忘却されているのは、死者の怨念だと考えるべきでしょう。

島へ渡るラストが謎であるとか、余韻だとか言われているようですが、
ベアトリスの死への旅立ちを意図したシーンだと僕は解釈しています。
アクセルは死んだ息子の墓参をベアトリスに禁じた(つまりは死者を忘れさせた)ことで、ベアトリスと別れることになったのでしょう。
ベアトリスはベアトリーチェの英語名ですので、ダンテ『神曲』のヒロインに接続します。
アクセルは死者を追いかけて地獄へ行くのか、それとも死者を忘却していくのか……
アクセルという名からは前へと進むイメージしか持てませんが。

まあ、こういった読みができるとは思うのですが、
こういう文学的な読みをしたところで、本作が駄作だという印象は変わりません。
致命的なのは、やはり作品がつまらないということです。
テーマのわりには作品も長すぎます。
エドウィン少年にしても、キャラとしても魅力的でもありませんし、あまり登場の意義がわかりませんでした。

政治的な言説が禁止されているわけでもないのに、
ファンタジックな寓話の形式をとるのであれば、それだけの必然性を感じさせてもらえないと困ります。
そうでないと、単に著者が政治的責任のない形で政治的見解を示そうとしているように感じてしまいます。
個人的にはこの作品をクエリグの霧によって覆い隠してもらいたい気持ちになりました。

 

 

 

評価:
カズオ イシグロ,Kazuo Ishiguro
早川書房
¥ 1,058
(2017-10-14)
コメント:『忘れられた巨人』 (ハヤカワepi文庫) カズオ・イシグロ 著

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2024 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM